東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1163号 判決 1966年2月21日
控訴人(原告) 久松茂
被控訴人(被告) 東京都知事
主文
原判決を取消す。
被控訴人が原判決添付第一目録記載の道路につき昭和二十八年十一月六日指定番号第四六〇九号をもつてなした道路位置廃止処分は無効であることを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決並びに予備的請求として「被控訴人が原判決添付第一目録記載の道路につき昭和二十八年十一月六日指定番号第四六〇九号をもつてなした道路位置廃止処分を取消す」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴人の予備的請求を却下する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「仮りに本件道路位置廃止処分の瑕疵が重大且つ明白であるといえないものとしても、取消の瑕疵にあたるから、右廃止処分は取消さるべきである。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人の予備的請求は、出訴期間経過後に提訴された不適法な請求であるから、却下さるべきである。」と述べた外は、原判決の事実摘示と同一であるからその記載をここに引用する。
(証拠省略)
理由
一 本件道路(原判決添付第一目録記載道路)は警視庁昭和五年告示第二六九七号をもつて指定された道路であつて、建築基準法第四十二条第二項によりその中心線から水平距離二メートルの線が道路の境界とみなされていたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一ないし三、乙第二号証の一、承諾書欄及び図面中の控訴人の記名捺印部分を除き成立に争いのない乙第一号証の四、原審証人高橋輝一、同新井三郎、同片山秀雄(後記措信しない部分を除く)、同三間豊次郎(同右)、同神谷忠一(同右)、原審及び当審証人久松勇(同右)、当審証人岩崎仙太郎の各証言、原審及び当審における控訴本人の供述並びに当審における検証の結果を綜合すると、訴外三間豊次郎は昭和二十八年十月頃本件私道にはみ出る違法な建築を合法化するため被控訴人から私道位置廃止処分を受けようと考え、訴外片山秀雄と相謀り、控訴人及び訴外久松勇等に対し本件私道付近の図面を示し、これは建築線の廃止方を申請するものであつて本件道路が存続することには変りはないから右申請に同意して欲しい、と申し詐り、その旨誤信した控訴人から右図面中本件私道北側で「土地所有者久松茂(住宅)」と記載のある個所に捺印を得、且つ、訴外久松勇をして右図面中本件私道南側で「土地所有者久松(倉庫)」と記載のある個所及び承諾書欄中の「久松勇」名下に捺印させた上擅に右承諾書欄の「勇」の文字を抹消して「茂」と記入し、以つて控訴人名義の承諾書を偽造し、さらに右図面中十五メートル道路に接した久松勇所有土地の個所の「土地所有者久松勇(店舖)」とある表示から「勇」の文字を削取り、本件私道南側の前記久松勇所有地(倉庫)の個所の「土地所有者久松」とある下に「茂」の文字を書き加え、且つ、右私道を挾む前叙控訴人等の所有地間の境界線を書き換え、恰も前記控訴人所有地((住宅)と表示のある土地)及び久松勇所有地((倉庫)と表示のある土地)が本件私道の廃止によつても袋地とならず前記「店舖」と表示された個所の土地(つまり「勇」の文字を抹消したところの土地)と繋つて控訴人所有の一連の土地として十五メートル道路に接しているかのように前記図面を改ざんし、これらを本件道路位置廃止処分申請書の添附図面及び承諾書として、その頃被控訴人に対し真正に作成されたもののように装うて提出、申請をなし、これが申請を受けた被控訴人は昭和二十八年十一月六日指定番号第四六〇九号をもつて本件道路位置廃止処分をなしたものであること、その結果控訴人の住家の存するその所有地(前記「住宅」と表示された個所で原判決添付第二目録(6)記載の土地)及び訴外久松勇所有の土地(前記「倉庫」と表示された個所で前記目録(3)記載の土地)が夫々道路に接する部分を失い袋地となつたこと並びに、右各土地の周囲には他人所有の建築物があつて広い空地は存在しないこと、あらまし以上の事実を認めることができる。右認定に反する原審証人片山秀雄、同三間豊次郎、同神谷忠一、原審及び当審証人久松勇の供述部分は冒頭掲記の証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実の詳細は原判決八丁表六行目より十丁表七行目までに記されてあるとおりであるから、右記載をここに引用する。
以上の事実によれば、被控訴人のなした本件道路位置廃止処分は控訴人の承諾を欠き、且つ、建築基準法第四十三条第一項の規定に反する違法な処分というべきである。
二 そこで右処分の瑕疵について審究するに、被控訴人が道路位置廃止処分をなすには利害関係人の承諾を要するものであることは、当時施行の東京都建築基準法施行細則第八条第二項第一項(現行細則第十六条第三項第一項)に照らし明らかなところ、控訴人は本件道路の廃止によりその住家の存する所有土地が袋地となるため右通路の廃止には重大な利害関係を有しているものであるから、被控訴人が本件道路廃止処分にあたつて控訴人の承諾を得ていないということは承諾制度による権利保障を無視するものといい得べく、且亦建築基準法第四十三条が国民の生命、健康及び財産を保護するため建築物の敷地と道路との関係につき最低の基準を定めた公益的規定であることに鑑みれば、被控訴人のなす道路位置廃止処分は右規定に反するものであつてはならないというべきであるから本件道路位置廃止処分は、右廃止処分に必要欠くべからざる根本要件を欠いている瑕疵があり、その処分の取消を俟たずしてその効力を肯認し得ないもので当然無効のものと解するのを相当とする。(瑕疵が重大且つ明白なるときは当然無効とする考へ方が行われているが、重大、明白の意は捕捉し難く、到底具体的標準とはなし得ない)。この結論は本件道路位置廃止処分の際の被控訴人の故意、過失の有無によつて左右されるものではない。けだし被控訴人の故意、過失の存否は、被控訴人の責任を論ずる場合において問題とされるにすぎないものだからである。もつとも、控訴人が右処分後前記袋地となるべき所有地の北側に同地と接続した土地を買受け、前記土地が北方道路に二メートル以上接することとなつたこと及び訴外久松勇所有の前記袋地となるべき土地が訴外神谷忠一に売却され右土地の西方に位置する同人の所有地と接続し一体となつたことにより前記土地が袋地でなくなつたことは当事者間に争いのない事実であるが、右事実があつたからとて、それだけでは本件道路位置廃止処分が有効となる理由もないし、又本訴請求の利益も失われたものとは云えない。
よつて控訴人の本訴請求は爾余の主張について判断するまでもなく正当としてこれを認容すべく、右と趣旨を異にする原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 平賀健太 安国種彦)